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この「社会福祉法人 悠光会」が県の管理化におかれていたのを引き継いだのが、昭和59年2月のことでした。全く畑の違う職業に就いて分からない事だらけで、大変苦慮したものです。当時より、ご利用されておられた利用者の方々には、何かとご迷惑をおかけしたことと思います。わからない中、他施設の施設長さんから色んなご助言をいただき、試行錯誤しながら【利用者の方に喜ばれる施設づくり】を目指し、いつの間にか20年という月日が経ちました。
その間、ほんとに様々なことがたくさんありました。
来た当初は、冷房もない生活空間であり、すぐに冷房の完備に着手し、快適な生活を送れるようにし、また、運動するスペースが不十分であった為、整備し、また、近隣の方々との交流が全く無い状態であり、私自身、市外から来ているため、受け入れてもらうのに苦労しました。始めに取り組んだのが、ゲートボールで連合会に加入させていただき、長老の方と知り合いになることでした。連合会主催の大会に参加していくうちに、だんだんと話ができるようになって、当施設に招いてのゲートボール大会を行うことで、一段と理解していただけるようになってきました。
話せばきりがないんですが、一番心を痛めたのは、福祉施設に《組合》があった事でした。
何かといえば、団体交渉。
不明金も相当な金額で、私の退職金を全て出しても足りずに銀行から借金してまでこの施設を引き受けたのに、と当時はとても悩んだものです。
今となっては・・
2004年10月には、私の念願であった【高齢者専用棟】建設が実現しました。この施設は、15名の居室とショートステイ専用居室。それに地域交流スペースを設けており、多様な交流の場として活用していけると思います。また、全館冷暖房完備で、段差のない設計で障害のある方にも安心して使っていただけるようにしています。浴槽も車椅子で入浴できますので、高齢化・障害のある方にとって、対応できるのではないかと思っています。完全バリアフリー化した施設です。ぜひ見学にいらしていただきたいと思います。
23年間、この悠光会のことを考え、供に歩んできました前理事長 野瀬 中が平成17年9月1日に亡くなり、平成17年10月より、理事長に就任しましたが、『措置制度』から『支援費制度』への変換、さらに『自立支援法』へと大きく変わってきた障害者福祉の中、どのようにしていけば、障害者の方々が【暮らしやすい】社会を築いていけるかを日々模索中です。現在、当法人では、旧法の「太陽の園」・「みどりの園」、新体系の事業として《多機能型事業所「とまと」》、地域生活援助事業(ケアホーム)を2か所の運営を行っています。利用される障害者の方々のニーズに応えていくことが、私たちの使命だと思っています。さらなる事業開拓を行っていきながら、より多くの方々に満足いただける福祉を追求していく所存です。微力ですが、厳しくなっていく福祉情勢の中、頑張っていきますので、よろしくお願いします。
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当施設で頑張っているスタッフに対して、いつも気にして欲しいと思うことがあります。はっきりと口に出して思いを伝えられない利用者の心の変化。。ここに気付いてこそ本当に利用者の皆さんが楽しく過ごすことの出来る理想の施設になるはずです。
そんな思いから、施設内のいたる所に次の詩を張っています。
心の叫びを聞きましょう。
不安で毎日過ごしています。
いつになったら安心して暮せるんですか。
良いところだと聞いてきたのに・・・
ストレスでどうにかなっちゃうよ。
支援員の皆さんは、どこを見ているの。
支援員の皆さんは、私のこと知ってるのかな~。
もっとこうして欲しいんだけど。
わかってくれないの。
みんな、違ったサポートをしてくれるけど、迷惑だよ。
同じやり方をしてよ。
そうすれば、安心して体を預けられるのに。
恐いよ~。恐いよ~。
早く何とかしてよ。
早く何とかしてよ。 |
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